ビートルズの4作目のアルバム『Beatles for Sale』はジョンとポールが二人で一緒に歌っている曲がひと際多いのが特徴だ。

全編を通して二人で歌っている曲としては下記が挙げられる。

・Baby's in Black (ポールがハーモニー)
・Eight Days a Week (ユニゾン及びジョンがハーモニー)
・Words of Love (ポールがハーモニー)
・Every Little Thing (ユニゾン及びジョンがハーモニー)
・I Don't Want to Spoil the Party (ポールまたはジョンがハーモニー)

曲の主要部分を二人で歌っている曲には下記がある。

・No Reply (ポールがハーモニー)
・I'm a Loser (ポールがハーモニー)
・I'll Follw the Sun (ユニゾン及びジョンがハーモニー)
・Mr. Moonlight (ポールがハーモニー)

全14曲中の9曲でジョンとポールによる「ナーク・ツインズ」(アマチュア時代に名乗ったことのあるコンビ名)が一緒にボーカルを取る「デュエット・アルバム」としての一面を見せている。

対象をアウトテイクまで広げると、「No Reply」は完成テイクではバース部分をジョンがダブルトラックで歌っているが、初期テイクではポールがユニゾンとハーモニーを部分毎に使い分けて歌い、ほぼ全編が二人のデュエットになっていた。
 「What You're Doing」も、最初のアレンジではジョンがバース部分でずっとハーモニーをつけていた。
この2曲が当初のアレンジのまま発表されていたら、このアルバムのデュエット色はさらに色濃くなっていたことだろう。


二人の声音はそれぞれが単独で歌う時は全く違って聞こえるが、特にこの頃は、ユニゾンで歌うと両者の声が溶け合って、まるでダブルトラックのようになる。ジョンの声の「アク」にポールの声が吸収されて(またはポールがジョン風に歌って)、ジョンのダブルトラックのように聞こえることが多い。
その好例が「Eight Days a Week」や「Every Little Thing」だ。

この特徴は、デビュー前からライブでボーカルを厚くするために行っていた(二人ともお気に入り曲でのリード・ボーカルを譲らなかったということもある)、ビートルズならではの強力な武器であるデュアル・ボーカル・スタイルから生まれたものだ。
その頃のライブの名残はBBCラジオでの「Some Other Guy」や「A Shot of Rythm and Blues」などの曲でうかがい知ることができる。

ユニゾンではなくハーモニーにする場合には、通常は低域をジョンが、高域をポールが歌うが、これが入れ替わり、ポールがメロディに対して下側を担当する時がある。しかもその時のポールの声はジョンが憑依したかのような似通ったものになる。
その最も顕著な例が「I Don't Want to Spoil the Party」である。

この曲のバースでは、ポールが下側のハーモニーを歌っているが、その声音があまりにジョンに酷似しているため、ジョンのセルフ・ハーモニーであると信じられている節も強い。※注
筆者自身も以前はそのように思っていたが、特定の周波数帯域の音を抽出して二人のボーカルを分離した音源を聴いて、実はポールが歌っていたことに気付き、非常に驚いたものだった。

<分離音源サンプル>



この曲のステレオミックスの音像と、このセッションのレコーディングとミキシングに使われたREDD51コンソールのパニング特性から考えて、マルチトラック(4トラック)テープの内容は下記のようになっていると考えられる。

◆トラック1:ドラム、ベース、アコースティック・ギター <ステレオミックスの左チャンネル>
◆トラック2:リード・ギター <ステレオミックスの右チャンネル>
◆トラック3:ジョンとポールのボーカル <ステレオミックスのセンター>
(以上をベーシックトラックとして録音。)

◆トラック4:ジョン・ジョージ・ポールによるバッキング・ボーカル(「There's nothing for me here. So I will disappear」などでの3声の「ウー」)、タンバリン <ステレオミックスのセンター>
(以上をオーバーダブとして録音。)


もしもジョンがセルフ・ハーモニーを歌っていた場合には、自分と瓜二つの声で歌えるポールにあえて歌わせずに(ブリッジではポールが高域/メロディを歌っているにも関わらず)、バースにおいては自分だけのボーカルで構成したいと考え、トラック4へのオーバーダブの際に自ら吹き込んだということになる。
しかし、いつものジョンのダブルトラックのような大きなずれがなく、ブリッジ部と同様に息のあったハーモニーであることからも、二人が一つのマイク(おそらく)で同時に歌ったと考える方が自然ではないか。
この時の録音セッション全体の時間から推量して、採用テイクへのオーバーダブに要した時間はそれ程なかったであろう。
この点からも、この曲のオーバーダブは3人によるバッキング・ボーカルとリンゴ(おそらく)によるタンバリンだけで、1回の追加録音作業で終了したと推測される。


ポールのジョン風「シャドウ・ボーカル」は後期でも「Come Together」での低音ハーモニーをジョンの声と一部に誤解させているし、90年代になってからの再結成曲の「Free as a Bird」や「Real Love」でも元がカセット録音のジョンの歌声を補うために使われている。
定石を外れたボーカル・パートの上下の入れ替わりや、トリックのような効果をもたらすシャドウ・ボーカルはビートルズの音楽の尽きせぬ魅力の一因であろう。

※注  研究家の米村幸雄氏は、ジョンのセルフ・ハーモニー説を採っており、その根拠としてモノ・ミックスでメロディ側のボーカルにだけリバーブ(エコー)がかかっていることを挙げている。 
http://mid2prn.com/wordpress/?page_id=1430



[謝辞]
この記事のイスピレーションとなったフェイスブック・コミュニティでのKuroki氏の投稿に感謝します。